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図上演習の経緯


昭和17年5月1日から4日間大和艦上においてGF(連合艦隊)統裁のミッドウェー図上演習が行われた。図上演習とは、統監室をはさんで、アメリカ軍側と日本軍側が別々の部屋にいてそれぞれが作戦を練りながら、乱数を振って攻撃防御をきめていくものである。以下に述べるように、実際の海戦とほとんど同じ結果が出ていたのである。この図演がいいかげんなものであったことは現在では周知のことだが、改めて検討してみる。

統監は宇垣連合艦隊参謀長であった。この時統監付きで伝票運びをやっていた元海軍大尉の板谷隆一氏によると、赤軍(アメリカ軍)から不意に攻撃されて、青軍(日本軍)の空母2隻沈没、一隻大破という結果になった。すると統監役の宇垣参謀長は「アメリカの命中弾は3分の1とする。」と鶴の一声で裁断した。それを持って赤軍指揮官松田千秋大佐(戦艦日向艦長)のところに届けたら赤軍の参謀長も一緒になって「けしからん」と叱られたと話している。この時さいころを振った奥宮正武(第4航空戦隊参謀)氏によると、青軍の空母に9発の爆弾が命中したが宇垣参謀長は「只今のは3発命中とする。」とやったと話している。さらに、通常図演では状況判断に天候や海の状態などいろいろな条件がつくはずなのだが、この時の図演では天候は良好としたまま進んでいった。そして最後にはなんとミッドウェーで沈んだはずの空母加賀がいつのまにか浮かび上がり、次のフィジー、サモア作戦に参加して活躍していたのである。

元機動部隊参謀の雀部利三郎氏はこの時の図演はミッドウェー作戦だけでなく、その後に予定していたフィジー、サモア作戦も含まれていたので、ミッドウェー作戦にはあまり時間をかけなかった。敵艦隊は出てこないと思っていたら突然横合いから突かれたが、敵の攻撃力は三分の一にするということで被害は少なくなり、簡単に上陸できた。終了後の研究会も無かったと話している。

セイロン攻撃時、ミッドウェーと同じような兵装転換が行われ、大事には至らなかったが非常に危ないことがあった。ミッドウェーでも同じことがあったらどうするかと尋ねられた源田参謀は「鎧袖一触です。」と答えたという。現実にはセイロンと同じことがおこり、今回は最悪の結果となったのである。源田参謀といえば航空参謀として、司令部内で強大な発言力をもち、南雲艦隊ではなくまるで源田艦隊だと揶揄されていたほどであった。その源田氏からしてこの有様であった。


次に張本人である宇垣参謀長の戦藻録を見ておこう。戦藻録には図上演習に関する記述はほとんどない。以下5月1日から4日までを引用する。家族に関する部分は省いてある。

5月1日

本日より4日間大和において第二段階の図上演習を実施す。統監兼審判長兼青軍長官の役目承り之に従事したり上天気相当温度高まれり。

5月2日

昨夜11時15分軍艦瑞穂整備成りて、横須賀より当柱島に廻航の中途、御前崎の220度40浬において敵潜の襲撃を受け僅にして傾斜23度火災も誘発せり。2時頃一時持堪へるに見へたるが、3時頃より浸水傾斜増加総員退去の後、4時16分に遂に沈没するに至れり。摩耶、高雄後方近くに在り、直ちに救援に赴き爆雷攻撃を行い警戒しつつ、乗員を高雄に収容す。未収容准士官以上7名、下士官兵94名重傷17名軽傷14名を出せり。2艦は横須賀に引き返し負傷者は病院に乗員は館山航空隊に収容せり。今日迄の最大の損失誠に遺憾なり。満月の夜の奇襲は蓋し苦手なり。参謀長より潜水艦に対する警戒に関し注意を與ふ。図上演習第2日。

5月3日

図演場は前部兵員室となる。第3日急ぎに急ぎて布哇攻略作戦迄もち来れり。之が方法に就いては尚研究の余地多し。実施迄に更に演練計画の要切なり。通信情報に依れば敵機動部隊は25、27日の頃布哇を出入りし一は南方に向へるの懸念あり。本日ツラギ上陸に成功するもポートモレスビーの攻略軍航行及陸上にて多大の損害あり。ラボール、ラエ共に毎日の如く航空消耗戦を繰り返し、我方損害も積り積りて少からず為にケゼリン方面に揚陸中の戦闘機半数を春日丸をしてラボール方面に輸送取計へり。

5月4日

図演第4日午前中研究会を行ふ。

開始後幾らもなく昨日占領せるツラギより午前6時迄敵爆撃機六機、雷撃機5機更に敵機50機来襲すの警報に接す。19戦隊沖島駆逐艦三日月哨戒艇運送船あり。午後に亘りて尚攻撃を続行す。敵「タスクフォース」の来襲明なり。モレスビー攻略部隊、同機動部隊等之に向へるも距離尚遠く到底補足の算なし。敵は相当に我が状況を偵知したる後の攻撃とみなせらる。モレスビー攻略までに更に来襲の機会あらん南洋部隊の善処奮戦を望むや切なり。

午後一時半より第二段作戦打合会を行ふ。之にて大体各部隊の思想を統括し得たるを喜ぶ。整備に若干余裕無き部隊あれども、時期の遅延は月象の関係も不利となり、徒に彼の蠢動を許すに過ぎざるを以て現計画通断行するに決す。各部隊の善処努力に依り作戦準備に、訓練に将又作戦計画の樹立に萬遺算無からんを望む。哨戒艇は横須賀の東方250浬附近に於て西航する國籍不明の飛行機1を認めたりとて本土東北部空襲警報を発す。その後房総の83度650浬附近、哨戒艇は大小2隻の巡洋艦らしきものを認めたるもも雲のため判然せずの報あり。日没後大阪以西も空襲警報あり。錨地艦艇も亦第二配備に入る。神経過敏的にやりてよし。警戒するに如かず。戦訓研究会より図演作戦打合と連続一週間多少の疲労無き能はず。


「第3日急ぎに急ぎて布哇攻略作戦迄もち来れり。之が方法に就いては尚研究の余地多し」とはまるで他人事のようにいっているがじつは自分が統監をやっているのである。これによるとフィジーサモア作戦だけでなくミッドウェー島と占領した後ハワイ攻略作戦などというものも考えていたようだ。あれもこれも詰め込んで、急ぎに急ぎてもミッドウェー作戦に割く時間は限られたものになったことは想像に難くない。異常な雰囲気であったことが読みとれる。また宇垣参謀長は山本長官とはあまりうまくいかなかったようで、事実ミッドウェー作戦にも反対であった。しかし作戦そのものに反対というのではなく、時期に異論を唱えていたにすぎない。しかも決して負けるかもしれないと考えていたわけではなく、他の参謀達と同じく、敵空母が出てくるかどうかを心配していたのである。敵空母発見という知らせを受けたとき、「よき敵ござんなれ。」と書いている。

 少し長いが図上演習に参加した、元戦艦日向艦長松田千秋氏の言葉を「ああ軍艦旗 亀井 宏著」の中から引用する。

「わたしは、ミッドウェー作戦の図上演習が行われた5月1日から4日間、赤軍つまり敵側の指揮官をつとめた。連合艦隊参謀長が、青軍つまり日本軍の指揮官と統監部、審判長を兼任していた。統監部をはさんで、アメリカ軍側と日本軍側が別々の部屋にいて作戦を練るのである。私は昭和5年から6年、少佐時代に大使館付武官の補佐をしてアメリカに滞在したことがあるので、あちらのことは自分なりに理解してるつもりであった。そこで、ことは戦争にかかわる問題なので、私も全身全霊を打ち込んでやったつもりである。アメリカの国民性が考え出すような術をつぎつぎうった。

 結局おおまかにいうと、ミッドウェーのあのような結果がでた。それは志気に関するというので若干手加減を加え(統監部が)、ミッドウェーを占領してハワイまで行くということを述べたと記憶している。あの作戦は間違っている。山本さんという人は、個人的には立派な方だと思うが、軍政家の資質であったであろう。海軍大臣の方に向いていたのじゃないか。私をしていわしむれば、真珠湾攻撃からしてまちがいである。飛行機で戦艦を沈めるという効果をいち早く知らせてしまった。

 あの作戦全般が、国力以上のものを望んでいる。だいいち当時の日本の兵力、ひいては国全体の力というのは、あんな大規模な作戦を行うようなたくわえなどありはしない。腰がのびきってしまっていた。

 私は宇垣纏という人は、本当は聡明な人物だとにらんでいるんだが、まああれですな、参謀長という地位は案外、無力というか、発言権のないものでねえ、実際には。

 山本さんはバクチの名人であった(実際は好きなだけで強くはなかったという人もいるが)。まあバクチの才能というのも人間の持つ資質の一つだと私は思っているが。極言するなら、私は真珠湾もミッドウェーもその奇矯な才質を持った一人の人間のひとつの思いつきにすぎないと思っている。真珠湾はまあ一種奇跡のような成功をおさめたが、ミッドウェーはご存じのような結果になってしまった。」

 


何のことはない、最初からストーリーはできあがっていたのである。敵機動部隊はミッドウェー島空襲を聞いてから押っ取り刀でハワイから出てくるということをすべての前提にしていたのであった。それどころか、わが無敵の機動部隊を恐れて出てこない可能性もあるなどど考える輩もいたようだ。だからミッドウェー島攻撃前に敵機動部隊にでてこられてはまずかったのである。松田大佐はそれをやってしまった。これはルール違反だ。そこで宇垣参謀長はやり直した。今風にいえばリセットボタンを押したのである。今の若者がゲームに夢中になり現実とのギャップに気がつかないとはよく言われることだが、この時の宇垣氏山本氏はまさにゲームにのめり込んで現実をわすれていたのか。いや、それとも開戦以来現実の方がゲームよりうまくいったので今回は無理矢理ゲームを現実に合わせようとしただけなのかもしれない。するとうまくいかないもので、現実はゲーム通りいかなかった、というよりいんちき無しのゲーム通りいってしまった、というべきか。いずれにしても利口な人達のやることとは思えない。


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